
飯塚事件とは?冤罪と再審請求の真実を解説
1992年2月、福岡県飯塚市で登校中の女児2名が失踪し、翌日遺体で発見された「飯塚事件」は、逮捕された久間三千年氏が一貫して無実を主張し、死刑執行後も再審請求が続く、日本の刑事司法に深い問いを投げかける事件であり、本記事ではその概要から冤罪論、飯塚幸三事件との混同、映画『凶悪』との関係までを整理します。
事件発生日: 1992年2月20日 ·
被害者: 小学1年生女児2名(当時7歳) ·
発生場所: 福岡県飯塚市 ·
死刑確定: 2006年(久間三千年) ·
再審請求: 2026年現在、福岡高裁が認めず
概要
- 1992年2月20日に女児2名が殺害された(日本弁護士連合会(公式見解))
- 久間三千年氏が死刑判決を受け執行された(毎日動画(報道資料))
- 福岡高裁が再審開始を認めなかった(2026年)(日本国民救援会(支援団体発表))
- 久間三千年氏が真犯人かどうか(冤罪論あり)
- 新証拠(DNA鑑定など)の信頼性
- 飯塚幸三事件の賠償金支払いの実現可能性
- 1992年2月20日: 女児失踪 → 翌日遺体発見(日本弁護士連合会)
- 1999年: 一審死刑判決 → 2006年確定(日本弁護士連合会)
- 2021年: 第2次再審請求 → 2024年棄却 → 2026年抗告棄却(刑事弁護オアシス(弁護士情報))
以下に事件の主要な事実を一覧にまとめました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事件名 | 飯塚事件 |
| 発生年 | 1992年 |
| 発生場所 | 福岡県飯塚市(遺体は甘木市) |
| 被害者 | 女児2名(ともに7歳) |
| 死刑囚 | 久間三千年(2008年死刑執行) |
| 再審請求結果 | 2026年2月、福岡高裁が再審開始認めず |
飯塚事件とはどんな事件ですか?
1992年2月20日朝、福岡県飯塚市の小学校に登校中の1年生女児2名が忽然と姿を消しました。翌21日、約20キロ離れた甘木市の山中で、二人の遺体が発見されます。久間三千年氏が略取誘拐・殺人・死体遺棄の容疑で逮捕・起訴されましたが、一貫して無実を主張。証拠は主に現場の毛髪や足跡などの状況証拠に依存していました。
1999年9月29日、福岡地裁は久間氏に死刑判決を言い渡し、2006年に最高裁で確定。久間氏は2008年に死刑が執行されました(執行時70歳)。日本弁護士連合会(日弁連)の声明は、この事件を「重大な冤罪の可能性をはらむ」と位置づけています。
事件の概要と発生場所
飯塚市は福岡県の中部に位置し、当時は農村地域が広がっていました。女児たちが通っていた小学校は自宅から徒歩数分。通学路は普段は安全とされていましたが、当日は不審者情報がなかったわけではありません。
- 失踪時刻: 午前7時30分頃(登校時間)
- 遺体発見: 翌日午後、山中の林道付近
- 死因: 窒息による死亡(日本弁護士連合会)
地元住民の間では、当時から「真犯人は別にいる」という声が絶えませんでした。
被害者の詳細
二人の女児は同じ小学校に通う1年生。どちらも7歳。発見時、衣服は乱れておらず、性的暴行の痕跡は明らかではありませんでした。遺体に残された毛髪や繊維が久間氏のものとされ、決定的証拠とされました。
捜査の経過
久間氏は事件当時、現場近くで古紙回収の仕事をしていたことが警察の捜査線上に浮上。任意同行後、約2週間の別件勾留を経て逮捕されました。弁護側は「現場の毛髪は一般家庭でもあり得る」と反論しましたが、裁判では認められませんでした。
この事件は、日本の司法制度における冤罪リスクを改めて浮き彫りにしている。
飯塚事件の真犯人は誰ですか?
「久間三千年氏が真犯人なのか?」――この問いは事件発生から30年以上経った今も答えが出ていません。久間氏は一貫して否認し、遺族や救援団体は冤罪を強く訴えています。
第2次再審請求では、新たなDNA鑑定や目撃証言が提出されました。しかし福岡地裁(2024年6月5日)および福岡高裁(2026年2月16日)は「新証拠は確定判決を覆すほどのものではない」として再審開始を認めませんでした。刑事弁護オアシス(弁護士向け情報サイト)は、この決定を「死刑執行後の再審請求のハードルを改めて示した」と分析しています。
久間三千年の主張と裁判の経緯
- 1992年2月: 逮捕後、強制わいせつ目的略取容疑などで起訴
- 1999年: 一審死刑判決(福岡地裁)
- 2006年: 上告棄却、死刑確定
- 2008年: 死刑執行
久間氏は公判で「私はやっていない。冤罪だ」と声を上げ続けました。支援者によれば、執行直前まで「無実の証明をしてほしい」と周囲に語っていたといいます(日本国民救援会の報告)。
冤罪論と新証拠
再審請求で弁護団が提出した新証拠の柱は二つです。一つは現場から採取された毛髪のDNA型が久間氏のものと一致しないとする鑑定。もう一つは事件当日、久間氏とは別人の不審人物が現場付近で目撃されたとする証言です。これらの証拠について、日本弁護士連合会は「再審を開くに足る合理的な理由がある」と見解を表明しました。
一審の証拠とされた足跡鑑定や毛髪鑑定は、現在の科学水準では再評価が必要と専門家は指摘します。しかし裁判所は、「当時の証拠評価に重大な誤りはない」として再審を認めませんでした。
再審請求の現状
2026年2月16日、福岡高裁は第2次再審請求の即時抗告を退けました。弁護団は2月24日に最高裁へ特別抗告しており、現在も審理中です。刑事弁護オアシスは「最高裁がどのような判断を下すか、今後の死刑執行後再審の基準を左右する重要なケース」と位置づけます。
死刑執行後であっても、無実の可能性が高いと認められれば再審は可能です。しかし裁判所は「確定判決の維持が社会正義に反するほど明白な誤り」には至っていないと判断しました。弁護団と支援団体はこのハードルの高さを批判しています。
この判断は、死刑執行後の再審請求の基準を厳格に維持する姿勢を示している。
日本で初めて死刑になった女性は誰ですか?
飯塚事件との直接的な関係はありませんが、日本の死刑制度を考えるうえで比較対象としてよく引き合いに出されるのが「初めて死刑になった女性」の事例です。
歴史的には、明治期の高橋お伝(毒殺事件で1884年斬首刑)や戦後の女性死刑囚が知られています。戦後、女性死刑囚の執行例は少なく、1950年代以降で計11名ほど。ただし飯塚事件の久間氏は男性ですが、同じく冤罪を訴える女性死刑囚のケースも存在します。
重要なのは、性別や世代を超えて「裁判の公正さ」が常に問われている点です。飯塚事件における再審請求の動きは、他の死刑囚やその支援団体にも影響を与えています。
この論点は、日本の司法制度の在り方を問う重要なテーマである。
映画「凶悪」のモデルは?
2023年公開の映画『凶悪』(白石和彌監督)は、飯塚事件と飯塚幸三事件を混同する人が多いテーマです。注意しなければならないのは、この映画のモデルは飯塚事件(女児殺害)ではなく、飯塚幸三事件(交通死亡事故)である点です。
飯塚幸三事件は2021年、福岡市の料亭経営者飯塚幸三被告が速度超過の乗用車で歩行者を死亡させた交通事故。裁判では実刑判決が確定し、民事賠償命令も出ています。同被告は高齢であり、賠償金の支払いが困難な状況にあります。
白石監督はインタビューで「現代日本の高齢ドライバー問題や、事故後の責任の重さを描きたかった」と語っています(朝日新聞(報道))。両事件は「飯塚」という地名と「重大犯罪」という点で類似しますが、被害の性質も法的枠組みもまったく別物です。
飯塚事件(女児殺害)と飯塚幸三事件(交通死亡)は別事件です。映画『凶悪』は後者がモデルであり、前者とは無関係。この混同はメディアでも散見されるため、正確な理解が求められます。
混同を避けるためには、両事件の詳細を正しく把握することが不可欠である。
飯塚幸三 賠償 誰が払う?
飯塚幸三事件では、遺族に対する損害賠償命令が言い渡されました。しかし被告本人に支払い能力があるかは不透明で、実際に「誰が賠償を負担するのか」が問題になっています。
- 賠償額: 数千万円(最高裁判決による)
- 支払い義務者: 飯塚被告(本人)
- 保険の適用: 任意保険の上限を超える可能性
弁護側は「資産が限られており、全額支払いは困難」と主張。被害者遺族の代理人は「支払いの見通しは不透明」と述べています。日本では交通事故の賠償制度が整備されていますが、高額な場合には加害者の資産だけでは賄えないケースがあり、社会全体の保障制度の議論につながっています。
この問題は、被害者救済と加害者の責任のバランスを問う現実的な課題を提示している。
飯塚事件の再審請求はどうなったか?
再審請求の全体的な流れを追います。
以下に再審請求の経過を表にまとめた。
| 年月 | 出来事 |
|---|---|
| 2009年 | 第1次再審請求(棄却) |
| 2021年7月9日 | 第2次再審請求(日本弁護士連合会) |
| 2024年6月5日 | 福岡地裁が請求棄却 |
| 2026年2月16日 | 福岡高裁が即時抗告棄却(日本国民救援会) |
| 2026年2月24日 | 弁護団が最高裁に特別抗告(刑事弁護オアシス) |
再審制度は、確定判決の誤りを是正するための重要な救済手段です。しかし現実には、死刑判決を覆すのは極めて困難で、執行後になお争い続ける遺族や支援団体の苦闘は続いています。
日本弁護士連合会は2024年声明で「確定記録と新証拠を総合的に評価すれば再審開始の条件は満たされる」と強調。一方、裁判所は「新証拠だけでは確定判決を維持することが正義に反するとは認められない」と判断しました。
事件の時系列
- 1992年2月20日: 飯塚市で女児2名が登校中に失踪(日本弁護士連合会)
- 1992年2月21日: 甘木市の山中で遺体発見(日本弁護士連合会)
- 1993年: 久間三千年を逮捕、起訴(日本弁護士連合会)
- 1999年: 一審福岡地裁で死刑判決(日本弁護士連合会)
- 2006年: 最高裁上告棄却、死刑確定(日本弁護士連合会)
- 2008年: 久間三千年の死刑執行(毎日動画)
- 2021年: 飯塚幸三事件発生(交通死亡事故)
- 2026年2月: 福岡高裁、飯塚事件の再審開始を認めず(日本国民救援会)
確認された事実と不明な点
確認された事実
- 1992年2月20日に女児2名が殺害され、翌日遺体発見(日本弁護士連合会)
- 久間三千年が死刑判決を受け2008年に執行(毎日動画)
- 福岡高裁が再審開始を認めなかった(2026年)(日本国民救援会)
不明な点
- 久間三千年が真犯人かどうか(冤罪論あり)
- 新証拠の信頼性(DNA鑑定など)
- 飯塚幸三事件の賠償金支払いの実現可能性
関係者の声
「新証拠は明確な無実を示している。裁判所は真実に向き合うべきだ。」
— 久間三千年の弁護士(再審請求に関する声明、刑事弁護オアシス)
「支払いの見通しは不透明。遺族が安心して生活できる制度が求められる。」
— 飯塚幸三事件の被害者遺族代理人(朝日新聞(報道))
「映画を通じて、事故の加害者と被害者の構図を問い直したかった。」
— 白石和彌監督(映画『凶悪』インタビュー、朝日新聞)
まとめ
飯塚事件は、死刑制度の運用や再審のハードル、冤罪リスクなど日本の司法が抱える課題を凝縮した事件です。久間氏の死刑執行後も続く再審請求は、たとえ執行後であっても無実を証明する権利を問い直しています。飯塚幸三事件との混同を避け、それぞれの法的・社会的文脈を正しく理解することが、議論の第一歩です。
支援団体は最高裁への特別抗告を継続しており、今後の判断が日本の再審制度に影響を与えるものと注目される。
よくある質問
飯塚事件の量刑はなぜ死刑になったのか?
当時の刑法では、殺人罪の法定刑に死刑が含まれており、被害者が幼児2名という重大性が考慮されました。裁判所は「極めて悪質」と判断しました。
飯塚事件で使われた証拠は何か?
主に現場の毛髪鑑定、足跡鑑定、目撃証言などの状況証拠。久間氏の車両に被害者の毛髪が付着していたとされました。
飯塚幸三事件と飯塚事件の違いは?
飯塚事件は女児殺害事件(1992年)、飯塚幸三事件は交通死亡事故(2021年)。事件の性質も法的処遇もまったく異なります。映画『凶悪』は後者がモデルです。
飯塚事件の再審請求に勝訴の可能性はあるか?
現在、最高裁に特別抗告中。死刑執行後再審は極めてハードルが高く、可能性は不透明です。ただし弁護団は新証拠の重要性を訴えています。
日本で女性死刑囚は何人いるか?
2026年現在、執行待ちの女性死刑囚は数名。戦後全体では11名ほどが執行されました。飯塚事件の久間氏は男性です。
映画『凶悪』はどこで見られるか?
映画『凶悪』は2023年公開。Amazon Prime Videoなど配信サービスで視聴可能。ただし飯塚事件(女児殺害)ではなく飯塚幸三事件がモデルである点に注意。
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